推理小説の部屋

「私が彼を殺した」の推理

いやあ、難しいですね。「どちらかが彼女を殺した」よりも数段難しくなってます。


状況の整理

整理するために、バッグとピルケース・薬瓶の位置を整理してみましょう。

午前11時の時点で、神林貴弘が美容室に向かうと、ちょうど出てきた西口絵里と鉢合わせて、 そのまま控え室に向かいます。西口絵里は、 美和子が美容室に置いてきてしまったバッグを取りに来たところでした。

その後、神林貴弘と美和子は控え室で2人っきりになります。 この時、バッグは入口から一番遠い部屋の奥に着替えと一緒に置いてあったといいます 。 そして、この時貴弘は入口で靴も脱いでいないため、奥にあるバッグには近づけませんでした(これは美和子も証言している)。

11時半頃、美和子は控え室のバッグから薬瓶とピルケースを取り出し、 皆の見ている前で薬瓶から1つカプセルを取り出し、 ピルケースに入れました。そしてそれを雪笹香織に渡しました。 香織はそれをすぐに西口絵里に渡しました。

さて、その後、控え室から出てきた神林貴弘を見ながら、駿河直之と雪笹香織が会話をし、 香織が西口絵里に、預かっていたピルケースを駿河に渡すように命じます。 ピルケースを渡された駿河は、すぐにボーイを呼び止め、 新郎の控え室まで持っていくように命じます。 ボーイは、新郎の入口に置いた、と言います。

雪笹香織は、美和子が控え室にバッグを置いてきた時(11時頃) に毒入りカプセルを仕掛ける機会があったと言ってますが、 これはちょっとおかしいですね。 美和子は11時半頃、 皆の目の前でカプセルを薬瓶から1つ取り出してピルケースに入れています。 従ってこれ以前にピルケースに毒入りカプセルをセットすることはできなかったことになります。 薬瓶に入れておくことは可能ですが、 それだといつ飲むかわからないし…(まあ、でも殺人者としては、 別にすぐ殺す必要はないとも言えますが)。


身元不明の指紋

身元不明者の指紋が残っていたという3つのアイテム・バッグ、薬瓶、ピルケース。 上の3つのうち身元不明者の指紋が残り得るのは、一体何か?

ちゅうわけで、まだ混沌としております。 誰でも犯人になり得るような気がするんだよなあ…。

(1999.02.14)


推理完成!

ようやくわかりました! うーん、長かった。 これが解けないことには先に進めない(他の本が読めない)ので、必死で解きましたよ。

犯人は駿河直之です。

今回の事件では、2つの「機会」が焦点でした。一つは毒薬のカプセルを入手する機会。これは結局加賀刑事の推理によって、3人ともにその機会があったことがわかっています。

もう1つは毒入りカプセルを、薬瓶あるいはピルケースに混入させる機会です。 全員の証言を聞いている限りでは、こちらは入手の機会とは逆に、 3人ともにその機会はなかったように思えます (もちろん、描かれていないところで混入した可能性はありますが)。

しかし良く読んでいくと、一箇所だけ混入が可能な箇所がありました。 駿河直之が雪笹香織に命じられて西口絵里からピルケースを預かるシーンです。 ここで、香織はピルケースに触れてもいませんが、 駿河直之は一旦受け取ったピルケースをポケットに入れ、 直後にボーイに手渡しています。

香織や絵里の目の前ですから、中身を入れ替えることは不可能でしょう。 しかしもしポケットの中に、予め毒カプセル入りの同じ形のピルケースを用意しておいて、 預かったピルケースを渡すフリをして入れ替えていたら…。 簡単な手品のトリックですよね。 これなら混入させることは可能だと思います。 ピルケースの中のカプセルの個数が違ってたりしたら当然疑われてしまうので、 ポケットに入れる前にピルケースを開けて中身を確認してますね。

さて、ここまではわかったのですが、これと最後の「身元不明の指紋」とが、 どうやって結びつくのかわからなかったんですね。 ピルケースを運んだボーイの物かとも思いましたが、ボーイはさすがに関係者でしょうし、 指紋くらい取ってるでしょう。それに、ボーイの指紋が残っていても、 犯人特定の条件には全くつながりません。

で、もしピルケースを入れ替えたんだとしたら、もう一つのピルケースはどこから入手したのか? ということを考えてみました。元々ピルケースの存在は良く知っていたのだから、 同じ形のピルケースを買うことも可能だったでしょう。 しかし駿河直之には、それを苦もなく入手することが可能でした。 あのピルケースは「穂高誠の先妻とペアで買った」ピルケースです。 そして、穂高の先妻は、再婚を機に、前の結婚生活を思い出させるような物 (ペアルックのTシャツなど)を穂高の元に送り返してきています。 よって、ペアのピルケースを送り返してきた可能性も十分にあると思われます。 そして、穂高の元に送られてきたそういった荷物は、 駿河の部屋に積まれていました。 従って、駿河には穂高の物と同じ形をしたピルケースを入手する機会があったことになります。

ここまで来ると、ようやく「身元不明者の指紋」の謎も解けます。 その身元不明者とは、ずばり穂高誠の先妻のものでしょう。 元々彼女の物なのですから、残っていて当然です (もっとも、駿河が使う前に指紋を拭かなかったのは、 うかつだったといわざるを得ませんが)。

という推理なんですけど、どうでしょうか? これから、WWWサイトを回って、いろいろな人の推理を見てみようと思ってます。

最後に感想を。前回の「どちらかが私を殺した」は、 二人の推理合戦と、その「推理をした」という情報を元に繰り広げられる 「メタ推理合戦」が見所でした。 それに比べると今回は普通の推理でしたが、 まあその分かなり難しくなっていたので、 歯ごたえは十分でしたね。

(1999.02.16)


さらに検討

その後、いろいろなページを回ってみたのですが、 大筋の推理は同じなんですが、 別の可能性やら矛盾点が指摘されてますね。 矛盾というものは多分、どんな推理小説にもあると思うんですが、 真相が記されていない作品だけに目立つんでしょうね。 ここではそれを検討してみましょう。


駿河犯人説の欠点

加賀刑事の最後の「身元不明者の指紋…」というところからして、 多分作者の意図した犯人は駿河で間違いないとは思うんです。 しかしこの説には確かに弱点があります。 それはやはり指紋に関することで、 もしピルケースの入れ替えが行われたとすると、 押収されたピルケースには、駿河直之・ボーイ・穂高誠・穂高誠の前妻、 の指紋しか残っておらず、 本来残っているはずの神林美和子、西口絵里の指紋が残りません。 このことに警察が気づかないはずがないので、 こんな危ない計画を果たして実行できたか? という点が疑問として残ります。

反論というほどのものではないですが、 恐らく駿河も穂高の前妻のピルケースを使う前に、 ピルケースの指紋を拭いたりしたとは思うんです。 ただ外側の指紋は拭いても、ピルケースの内側の指紋は拭き損ねた可能性がありますね。 ピルケースを実際に使う人の指紋は内側に残っていてもおかしくありませんから。 で、ボーイが手袋をはめていて、外側の指紋はほとんど消えてしまっていた (つまり駿河の指紋も消えていた)とすると、それほど不自然ではないかも知れません。 ただ、そうなるかどうかは偶然ですから、 やはり計画自体が綱渡りであることは否定できませんね。


神林貴弘犯人説

次に、神林貴弘犯人説、というのを検証してみましょう (私は未読なのですが、メフィストに連載されていたバージョンでは、 こちらが真相だったらしいです。いや、読んだわけではないので、 本当かどうかはわからないのですが)。

神林貴弘はピルケースに近づく機会はありませんでした。 しかし薬瓶に近づく機会はありました。 結婚式の朝、貴弘は美和子と共にホテルの日本料理屋で朝食をとりましたが、 その時、薬瓶を手にした貴弘を残したまま、美和子はトイレへと立ってます。 この時には確かに薬瓶にカプセルを仕込むチャンスがありました。

また、このシーンの直前に、コンビニからホテルに向かう貴弘が、 猫にチーズ蒲鉾を与えるシーンがあります。 これにカプセルが仕込んであったとすると すでに「実験」は完了していたことになります。

ただ、この説だと加賀刑事の最後の「身元不明者の指紋」が全く説明つきません。 また、これだと控え室でたまたま美和子が薬瓶からピルケースに入れた一個が、 偶然にも仕掛けられた毒入りカプセルだったということになります。 まあ、この偶然自体はさておくにしても、 確かに可能性はあります。 しかし、この手段については、 心理的な面からちょっと反論してみたいと思います。

駿河・雪笹の両名は、単純に穂高誠を恨んでいました。 従って、薬瓶の中に毒薬をセットして、 いつ死んでも構わない、というような方法を取るかもしれません。 しかし神林貴弘は少し違います。彼は、美和子を渡したくない、 という強烈な動機がありました。 従って、彼がもし犯行を犯すとすれば、 それは「美和子が人の他人の物になる前に(結婚する前に)殺す」 という方法をとったに違いないと思うのです (実際、入籍してから殺すのと入籍前に殺すのでは、大分違いますね)。 よって、「薬瓶の中にセットしておく」という、 「時限爆弾的」な方法は彼の取った方法としてはそぐわないのではないかな、 という気がするのですが(もっとも、メフィスト版ではそちらが真相だったのかも知れないんですが)。


犯人が二人?

貴弘にも犯行の可能性があるとすると、 貴弘・駿河の両名とも犯行を犯していた可能性があります。 貴弘が薬瓶に仕込んだ毒薬を、美和子がピルケースにセットした。 そのピルケースをさらに駿河が入れ替えたという可能性です。 この場合、駿河が入れ替えた元のピルケース(の中身)をもし持っていれば、 貴弘の犯意(または潔白)を証明できるんですけど、 さすがに処分してますよね。 まあ、真相は闇の中ということで。


雪笹香織は?

雪笹香織だけはどうも犯行のチャンスがなかったようなんですよね。 薬瓶にもピルケースにも触れる機会がなかったようだし。

ただ、3通りや4通りの仮説を立てている人もいるようなので、 雪笹犯人説もきっと誰かが立てていることでしょう。 うーん、楽しすぎる。

(1999.02.20)

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